神社あるところに神があり日本独自の宗教神道とは

神社あるところに神があり日本独自の宗教神道とは

日本は世界的に見れば仏教国という認識がされていますが、実は多くの人が同時に神道という日本独自の宗教を大切にしています。
神道とは、日本古来の神々を信仰した宗教です。
仏教には釈迦が、キリスト教にはイエス・キリストが、イスラム教にはマホメットとそれぞれの宗教の開祖がありますが、
神道にはそうした存在はなく、また日本古来の神様は仏や主やアッラーのような唯一の絶対的な存在といった認識ではありません。

 

我が国では古来より、自然やモノといったありとあらゆるものに神が宿ると考えられ、これを八百万の神々と呼びそれぞれを尊び大切にしてきたのです。

 

現在、日本の各地に神社がありますが、これはこうした神様を祀る施設に当たります。
神社の数は全国で8万以上あると言われますが、これはそれだけ多くの神様が祀られ、そして多くの人がそれを信仰していたという証でもあるのです。

 

さて、神道の歴史は古事記や日本書紀といった古い歴史書にも記載されているように遥か昔から信仰され、国の成立とともに連綿と続いています。
転機となったのは、今から1500年ほど前に中国から仏教が伝来してきた時です。
次第に浸透してきた仏教に対し、この日本の固有の宗教はそこではじめて「神道」という言葉で表されるようになったのです。

 

その後、奈良時代に入って仏教が国家宗教となった際に、仏と日本の古来からの神を同体とみて一緒に祀ることになりました。
これが後の本地垂迹説と呼ばれるものです。
多くの国では、元来からある宗教と新たに入ってきた宗教との間で争いが起き、
このような本地垂迹説が成立することはほとんど考えられないとされています。

 

我が国でも、仏教が伝来してきた当初は排斥する者もいなかったわけではありませんが、
元々教義もなく開祖もいない神道とあってあまり問題もなく本地垂迹説が受け入れられてきたのです。

 

しかし、これが再び転機が訪れ、江戸幕府が倒れ明治の世に入ると本地垂迹説は一気に廃れ、仏と神はまた分離されることになりました。
そして、それまで国家宗教と認識されていた仏教が軽んじられ、神道を国教としようという動きが活発化してきたのです。
こうして廃仏毀釈運動が起こり、多くの寺院が打ち壊しになったり、仏像や宝物が流出する事態となったのです。

 

こうしたことに危機感を持った寺の一部には、神社に変化したところもありました。
たとえば、藤原氏の始祖である藤原鎌足を祀った妙楽寺は、この時談山神社となったのです。
第二次世界大戦の後はこうした動きも治まり、神道は再び民間信仰として捉えられているとされています。